心を酔わす「明月」

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|本格焼酎『明月』誕生秘話

本格焼酎『明月』誕生秘話

その焼酎のラベルを見ると懐かしい気持ちになる。
晩酌をする父、たまに顔を合わせる親戚、人が集まる場所に必ずあるお酒、『明月』。
誕生にはこんないきさつがある。
昭和25年、戦後の物資不足で誰もが生きることに必死だった時代。
先代社長の明石昭夫は、夜中にふと強い光を感じ、顔を上げた。
そこには黄金色の大きな満月が浮かび、それはまるで明るい未来を象徴するかのように見えた。
「この満月のように世の中を明るく照らし、
    人々の心がまぁるく円満になる焼酎を作りたい。」
人々の疲れを癒やし、地元で愛される酒を作ることは、自分たちの使命のようにも思えた。

焼酎造りには原料からこだわった。
南九州産のサツマイモやえびの高原を伏流した水。
そして芋の香りを和らげるため米焼酎をブレンドし、コクとまろやかな味わいを表現。
名前は満月の『明月』にかけた。
しかし、近年の道のりは決して平たんではなかった。
若者の酒離れや嗜好の変化、焼酎ブームの終焉による市場の縮小…
明治時代から焼酎造りを続けてきた老舗の誇りや、地元で愛され続けているという自負にさえ懐疑心を抱くようになっていた。
そして2010年、追い打ちをかけるように宮崎の街に暗雲が立ちこめた。

|「プレミアムシリーズ」が生まれるまで

2010年4月、突然訪れた未曾有の被害・口蹄疫。
県内の一部地域では道路が閉鎖。
至る所で白煙が舞い、街は異様な雰囲気に包まれた。
「少しでも人々の力になりたい」。
何かできる事はないかと悩んだ末、えびの市内の飲食店に『明月』を届けて回った。
地域の人たちを少しでも元気づけたいとの思いだった。
しかし、閑散とする街を前に、力及ばず何もできない悔しさと無力感だけが残った。
変わらない状況下に皆がもがき悩み続けていたとき、
「そもそも『明月』は、今も地域の人の活力になっているのだろうか」
そんな思いがよぎった。
先代が目指したのは「人々の疲れを癒やし、地元で愛される焼酎」。
我々は『明月』の名前にあぐらをかいていなかったか…
今やるべきことは、時代が変わっても「地元の人が気軽に飲めるおいしい焼酎を造ること」。
人々の檄が聞こえてくるように感じていた。
そして、新たな焼酎造りが始まった。
『明月』の良さを残しながら、時代のニーズに合わせ、まろやかな口当たりと飲みやすさを追求。
熟成方法を工夫して何度も試作を重ねていった。
ようやく全員が納得する味にたどり着いた時、四年が過ぎようとしていた。
『明月プレミアム』、手間をかけた分、大量生産ができず「えびの市限定」での発売となった。
数日後、「プレミアムがうまい!」そんな嬉しい声が次々と返ってきた。
一番大切なこと、進むべき道が見えてきた。
こんな「ちょっといい焼酎」を宮崎県の愛飲者の皆さんに届けたい。
次のステージに向け蔵の中が大きく動き出した。

|新たなプロジェクトの始動

深夜、誰かに呼ばれた気がしてふと目が覚めた。
「ひょっとして…」
急いで蔵へ向かう。
夕刻からの急激な気温の変化で、モロミが高温になっている。
慌てて熱を冷ます。
焼酎は生き物だ。
熱が出れば冷まし、風邪をひきそうなら温める、まるで子育てのようだと思う。
いい焼酎を造るには常に手をかけてやること、それが長年焼酎と向き合って分かった真実でもある。
えびの市限定『明月プレミアム』がファンを増やしていくなか、宮崎県全域での販売を望む声が次第に大きくなってきた。
だが、えびの市での需要に供給が追いつかない状況に、断念せざるを得なかった。
なんとかして宮崎全域のお客様にも「ちょっといい焼酎をいつも通りに」楽しんでもらいたい。
蔵の片隅でプロジェクトが動き出した。
せっかくなら特別な焼酎を造りたい。
時代のニーズに合った飲みやすさ、『明月』らしい味わい…
熱い思いばかりが先走る。
気がつくと何日も蔵の中にこもる日々が続いていた。
「隠し味にえびの産ヒノヒカリを使ってみようか」
何度か利き酒を重ねたとき、ふとそんな考えがひらめいた。
味にもっとコクや深みも欲しい。
地元のブランド米を加えることで、地元の魅力もアピールできるかもしれない。
少しコストはかかるが、試してみる価値はある。
早速、試作品を造ってみた。
悪くはない。
しかし、それだけではまだ何かが足りなかった。
何か決定打はないか…
自分たちの足元をもう一度見つめ直す…それは蔵の奥に眠っていた。

|母から受け継いだ贈り物 <超白>

それは先代の杜氏だった母が、15年前から作り始めた「コナホマレの原酒」だった。
ここには逸話がある。
「新種の芋で焼酎を造ってみらんね?」
ある日、蔵に一本の電話がかかってきた。
特に芋が必要だったわけではない。
でもせっかくなのでと、苗を受け取り育ててみることにした。
しかしその年の秋、できた芋をみて落胆する。
初めてみる芋は波打ったように形がボコボコ、固くて甘みもない。
蒸留してみてもこれといった特徴もない。
「失敗したな」思わずそうつぶやいた。
しかし捨てるわけにもいかず、そのまま蔵に眠らせた。
それから数年後、蔵の奥にあった原酒を軽い気持ちで口に含んでみる。
驚いた。
味がどっしりとして安定している。
甘みもある。
『明月』で使ってきた芋「コガネセンガン」とは味や香り、全てが違う。
「これはいい!」
そのとき出来た焼酎が『明月ほまれ』。
まろやかで上品な後味はコアな『明月』ファンを絶賛させた。
「使うならコナホマレだ!」
飲みやすさ、他とは違う味わい、熟成されたコナホマレの特性が感じられる焼酎にしたい。
何度も何度も試作を重ね、利き酒を繰り返した。
片隅で始まったはずのプロジェクトは、気づくと製造から営業の全員が加わり、
意見を出し合うようになっていた。
「うまい焼酎を造りたい」
皆、同じ思いだった。
およそ1年をかけ、ようやく納得のいく味にまでたどりつく。
芋のコク、フルーティーで上品な味わい、華やかな香りがまとう。
「これが明石酒造の焼酎」
母から受け継いだものだった。
名前は『明月プレミアムホワイト』。
隠し味のヒノヒカリ、真っ白なコナホマレ、白麹、全てに共通する白から「超白」と銘打った。
夕刻、蔵を出ると空が美しい月白に包まれていた。
うっすらと見える月の光はまるで希望の光のように見えた。

|幸せな時間や空間とともに

慌ただしい日々が続いていた。

小林西諸地区で先行発売した『明月プレミアムホワイト』は予想を上回る売れ行きを見せ、目標本数を大幅に突破。
若い世代からも「おいしい」「香りがいい」という声が聞こえてくる。
プレミアムホワイトは新たな活路を見出していた。
地元えびの市に帰郷し、蔵の一員となって5年。
『明月』はもともと親父が好んで飲んでいた焼酎だった。
親戚の家に集まるときやお祝い事があるときにはみんな決まって持ち寄る、
『明月』を囲むと誰もが笑顔になる、
そんな幼い頃の淡い記憶が焼酎造りに携わるきっかけになっていたのだと、今になって気づかされる。
20歳になったとき、はじめて親父が飲ませてくれた酒もやはり『明月』だった。
当時はわからなかった焼酎の味も、今では芋の旨味や違いまでじっくり味わうことができる。
その晩、仕事の後の行きつけの飲み屋へ向かった。
県外にいる友人が帰省し、いつもの仲間が集まるという。
店の暖簾をくぐると、
カウンター越しの壁の『超白(プレミアムホワイト)入荷!!』という文字が目に入った。
「せっかくなのでみんなにも飲んでほしい」
ボトルを注文し仲間の席へ向かうと、
すでに同じボトルが空いていた。
「遅い!」
席に着くなり小突く友、
赤ら顔で陽気に笑う友、
あっという間に過ぎていく時間。
こんな幸せな時を過ごすために作った焼酎なのだと改めて実感する。
「これうまいな~」友人が独り言のようにつぶやいた。
その言葉に思わず反応する。
「そう、ちょっといい焼酎をいつも通りに飲んでもらいたくて」。